中日新聞 あの人に迫る −古田英明−
2006.1.13





    20代は転職厳禁 捨て駒になるな

    あなたに伝えたい:
    最初から天職に出合うなんてあり得ない。それなら出合った仕事を天職にできるかどうか。

    「100件の転職のうち99件は不必要」。こう言って昨今の転職ブームにくぎを刺すのが、カリスマヘッドハンターと呼ばれる古田英明さん(53)だ。重役を専門に1000人近くをスカウトしてきた。真の転職が許されるのは「45歳以上の幹部人材だけ」と強調する。「転職道」とも言うべきその哲学は企業論にもつながっている。

    「30歳未満は転職厳禁」が持論と聞いています。
    その通りです。われわれ転職のプロから見ると、成功するいい転職が可能なのは、企業のトップにいる社長候補だけです。
    具体的には、同期が100人いれば上位5人に入る人たち。いわば「5%ビジネスマン」。厳しい競争の中で仕事を極め、社長就任の一歩手前まできた優秀な幹部だからこそ、別の企業でも求められる人材なわけです。だから転職の適齢期は、企業人として円熟する45歳以降ということになります。

    そこまで若者の転職に慎重な立場を取るのはなぜですか。
    若いうちに「ちょっと給料が上がるから」とか「ちょっと会社の見栄がいいから」とかいうような理由で転職したら、一生を誤りますから。
    20代で転職を繰り返せば、いつまでたっても新米の使い走り。30代だって、新しい職場では新米からの出直し、マイナスからのスタート。結局、現状の転職の95%は、リストラや雇用調整の捨て駒になっているにすぎません。
    時折、雑誌の対談企画などで「ヘッドハンティングされちゃった」と話す30代の若者に出会いますが「単なるアーム(腕)ハントか、レッグ(足)ハントだろ」と言いたくなりますね。

    そうは言っても、古田さん自身、45歳までに鉄鋼会社や証券会社など3度も、転職しておられます。
    いや、もしあのころの自分に会えるなら「もう少し我慢しろ」と言うでしょうね。仕事ができるつもりだったけど、今思えば若気の至り。「もっと認められたい」という不満の解消方法に、転職を選んだ部分もあった。
    だから、あのころの自分に会えたら「もっと社内でできることがあるんじゃないか」とか「あなたの人生にとってそれが本当に大切なことなのか」と問いかけると思う。
    今でこそ、会社がうまくいっているから「転職はプラスになった」と言えますが、結果論ですからね。

    ヘッドハンティングで最も重視しているのは何ですか。
    お手伝いさせていただいた方に「職業人としていい人生を送れた」と思っていただけるかどうか、ですね。
    転職とは本来、自分を成長させるために新たな困難を進んで引き受けるようなものだと思ってますから。
    役職とか年収とか、外形的条件だけですんなり決まってしまい、2〜3年して「やっぱりどうしても合わない」となると、本当に悲しい。
    先日、創立10周年を記念して、お手伝いした方たち40〜50人に集まっていただいて小さなパーティーを開いたんですが、8年前に大手企業から新潟の小さな印刷会社の工場長にスカウトした方が来てくださいましてね。越乃寒梅を手に「本当にお世話になってありがとうございます」って。
    転職が決まった時なら、誰でもそう言ってくださる。でも、8年後となると話は別。この仕事やっててよかったな、と思いましたね。

    結局、転職が許されるのは「5%ビジネスマン」だけということですか。
    基本はね。5%ビジネスマンでなければ、若い人たちが「青い鳥」を探して転職を繰り返すのと同じレベルになりかねない。
    もし「自分は5%ではない」という自覚があるのなら、そのまま踏ん張った方がいい。大相撲と同じで、徳俵に足がかかってからが勝負です。

    今の日本で、ヘッドハンティングしたいと思う人材は豊富ですか。
    実は最近、減ってきたと感じています。経営技能者みたいな人はいても、リーダー候補が少ない。大手企業の現役社長でさえ、視野が狭くて、部長みたいなレベルの人もいらっしゃるんですから。
    日本の企業がリーダーを育てる教育をしなくなったことに原因があると思う。端的な例が成果報酬主義。「おれが実績挙げたんだから、おれに給料よこせ」というやつ。
    本来、リーダーとは、部下たちから気の毒がられるほど勤勉かつ無欲であるべきですから、その対極にある制度と言えるでしょう。こういう状況が、日本の経済界の力をそいでいると思います。
    企業の不祥事が多発しているのも、リーダーでない人が率いているのが原因でしょう。見つかりさえしなけりゃ、震度5で倒れるマンションでも造った方が得だとか。
    リーダーなら「それは人としてやっちゃだめだろ」と言えなきゃ。リーダーが人より高い給料を取る理由は、そこにあるんだから。

    IT業界や証券業界では、若手経営者の活躍がもてはやされています。
    ピラミッドの頂点に君臨して成功を目指す若手経営者の典型でしょう。仕事に関する技術や技能に秀でていて、ほかの人とは自分の磨き方も違うので、自然と際だつ。
    でも、いつまでもそのままでは困る。真のビジネスリーダーは、逆三角形の一番下で95%の人を幸せにするために支える人でないと。
    道徳や自己犠牲といった哲学もほしい。「法律に抵触しなければ何をしてもいい」というようなトップでは、下の者が戸惑う。投資ファンドで名を挙げた方にしても、お金もうけがうまいのは結構だけど「じゃあ世の中のために何がしたいんだ」と聞きたい。
    人の上に立つ人、あるいはそういう能力を持って生まれてきた人には、そこを磨いてほしいじゃないですか。

    この春、社会に出る若者たちに一言ください。
    20代向けの講演会に呼ばれると「幼稚園で学んだことをきちんとやれば、役員には最低なれる」と言ってるんですよ。うそついちゃいけないとか、朝はちゃんとあいさつしようとか、悪いことしたらごめんなさいしようとか。みんな信じてないけどね。
    荒っぽい言い方だけど、最初の仕事は何でもいいと思うんです。あとはそこで縁を生かしていけるかどうか。反社会的な会社であれば問題だけど、そうでない限り、何か社会のお役には立っているわけだから。20代はその会社でじっくりいろいろ教えてもらう。それで何年かのお礼奉公をする。
    最初から天職に出合うなんてあり得ない。それなら出合った仕事を天職にできるかどうか。やれるところまで思い切りやってみようということ。
    その次を考える時、安易に走らないようにすればいい。基本はその会社であと10年、20年やり続けることでしょう。
    結論はやっぱり、目の前のことを一生懸命やる以外に、何も開かれることはないということ。それ以外はすべて逃げだから。


    <インタビューを終えて>
    カリスマの異名にふさわしく、自信に満ちた口調が印象的。優秀な人材をスカウトする時の武器でもあるのだろう。殺し文句は「このままいけば社長にだってなれるかもしれません。でも、人生は一度きりですよね」だそうだ。手がけた1000件余の転職の成功率を聞くと「半ば以上は成功だと確信している」とも。
    今春、社会人になる長男に話が及んだ時は、父親の顔になった。就職活動について特に相談はなかったといい「子どもは親の言うことなんて聞かないもんですよ」と苦笑い。それでも「何か悩む時期がきたらアドバイスできるかもしれません」



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