リーダー像のご紹介日本を代表するリーダーの声をご紹介

リーダー像のご紹介

株式会社セールスフォース・ドットコム 代表取締役会長 兼 社長 小出 伸一氏

プロフィール

1958年福島県生まれ。大学卒業後、1981年日本IBMに入社。米国本社戦略部門への出向、社長室長、取締役などを務めたのち、2006年日本テレコムに入社し、ソフトバンクテレコム副社長兼COOに就任。
その後、2007年12月、日本ヒューレットパッカード 代表取締役社長に就任し、2014年4月、株式会社セールスフォース・ドットコムの代表取締役会長兼CEO(最高経営責任者)に就任、2018年6月より三菱UFJ銀行の社外取締役、2019年3月より公益財団法人スペシャルオリンピックス日本の理事に就任。

必要なのは「変化を起こす」リーダー

かつて、日本のリーダーに求められていたものは「変化に対応する力」でした。戦後の動乱期にいち早く復興を遂げ、高度経済成長期には変化の波に乗り、のちにエクセレントカンパニーと呼ばれる企業を次々と誕生させました。近年では、東日本大震災という未曾有の大災害にもくじけることなく、見事に復活を果たしています。
ネガティブな変化にもポジティブな変化にも素早く対応し、活路を見出していく。日本のリーダーの対応力は、世界一優れているといっても過言ではありません。
ところが近年、この日本人の優れた対応力は大きな転換点を迎えています。なぜなら、今、世界で求められるのは「変化に対応する力」ではなく、「変化を起こす力」だからです。残念ながら、世界という舞台で活躍する日本人経営者がきわめて数少ないのは、そこに理由があります。
私たちは今、リーダーシップのあり方を根本的に見直す時期を迎えています。
変化に対応できるリーダーから、変化を起こすリーダーへ――これは簡単なことではありません。
しかし今、新しいリーダーを生み出す土壌づくりをしておかなければ、ただでさえ周回遅れに陥っている日本がさらに引き離され、到底追いつけないところまで差をつけられてしまいかねません。
従来型のリーダー像にとらわれていてはいけない。今、私たちがやるべきことは、変化を起こせる人材をいかに育成し、彼らがチャレンジできる環境をどう整えていくかということです。

平等で公平な就労環境を

われわれセールスフォース・ドットコムが経営の核に据えている物の中に「平等(Equality)」という価値観があります。
今、IT業界は深刻な人材不足という課題を抱えています。ほんとうにやりがいのある会社、魅力ある企業でなければ、優秀な人材はどんどん流出してしまいます。
IT人材に国境はありません。インドやアフリカなど成長著しい地域をはじめ、世界中の人びとをつなぎとめるものが必要です。その基盤が「平等」なのです。
多様な人材を惹きつけるためには、性別・国籍・年齢・学歴等にかかわらず、平等の権利を認め、平等の人事・給与体系で処遇することが大切です。これは簡単なようで、じつは容易なことではありません。やはり、それぞれの地域や文化、歴史的な背景によって、知らず知らず格差が生じてくるものなのです。
当社では毎年サーベイをとり、すべての人が平等に扱われ、公平な評価が受けられるように是正しています。
平等の就労環境があってこそ、多様性(ダイバーシティ)は実現する。お互いの多様性を認め合い、尊敬しあうことができる。
もちろん、能力やパフォーマンスの差によって賃金・報酬に差が出るのは当然です。
ただし、「同じ土俵の上で」という条件が不可欠です。当社では、働く人がつねに平等の中で競い合えるよう、環境を整えることに努めてきました。

多様性は変化のエネルギー源

なぜ多様性が大事なのか。それは、変化を起こす最大の原動力が多様性にあるからです。
現代は一人でイノベーションを起こせる時代ではありません。自分の足りないところは他者の力を借りる。あるいはチームを組んで推進する。異なる資質や能力を持つ者同士がぶつかり合い、意見を交わしあってこそ、イノベーションを起こすエネルギーが生まれるのです。
昔の日本社会のように、誰もが同じ意見を持つとか、同調圧力に流されてみんなに従うような組織は、たしかに効率はよかったのかもしれませんが、独創性や創造性の発揮をさえぎるものでした。
欧米の企業に目を向けてみれば、お互いの違いを認め、異なる能力を尊敬する文化が根づいています。そのような職場環境が保証されているからこそ、そこで働く人が自由に発想し、チャレンジし、変化を生んでいくのではないかと思います。
今、日本でも街を歩けばどこでも外国人とすれ違い、外国語を耳にすることが日常的になりました。ひと昔前と比べてみれば、多様性に触れる機会は圧倒的に多くなっています。
イノベーションが起きる土壌は、この日本でも確実に培われつつあります。
大切なことは、多様性を受け入れる経験の乏しいわれわれ世代が、その邪魔をしないことです。

若い世代がすでに中心

昔、若い世代の人たちを指して「新人類」と呼んだことがありました。これは、上の世代の視点で、若い人たちをカテゴライズする言葉でした。あくまで、主体は上の世代にあったわけです。
ところが、今は違います。今、マーケットの中心にいるのは新しい世代です。上の世代のほうが、「ガラパゴス」になっています。
「ガラパゴス」が主役の時代は、情報は閉じられた空間の中にあり、企業がそれを握っていました。
今はテクノロジーが進化してすべてがつながるようになり、その先に人がいます。情報はあらゆる空間に開かれています。
たとえば、昔、新車を買うとすれば、販売店に足を運んで話を聞かなければ、詳しい情報や購入条件は明らかになりませんでした。
今では新車を買う90%の人が、ウェブサイトや口コミサイトを見て販売店に行く前に自分が購入する車を決めています。企業よりも、個人が情報武装できる時代なのです。
企業はそれ以上の何らかの価値を顧客に提供しないと、存立していけなくなりました。
こういう時代にあっては、もはや過去を引き合いに出して物事を考えることはできません。
テクノロジーの進化は、これまで10年かけてやってきたことを1年に短縮しました。今後は1か月になるかもしれない。1日になるかもしれない。
そんな時代に、生まれたときから当たり前のようにスマートフォンを使い、ITリテラシーに長けた人たちは、われわれの想像のつかない次元で世の中を変革していくはずです。

ビジネスが社会の変化を起こす

コンピュータは、産業と社会の効率化に多大な貢献を果たしましたが、はじめは潤沢な資金を持つ限られた人びとだけが使用できるツールでした。
それでは、いつまでたっても一般市民がその恩恵を受けられない。そこで、セールスフォース・ドットコムが掲げたのが「ITの民主化」でした。
コンピュータの持つ機能を、いつでも、どこでも、だれでも使えるようにする。水道の蛇口をひねれば水が出るように、コンセントにプラグを差し込めば電気が使えるように、だれもがコンピュータの恩恵を受けられる。それが「ITの民主化」です。
「ITの民主化」をリードしたことが、セールスフォース・ドットコムの成長の最大要因だったと思います。
企業中心ではなく、人を中心に物事を見る。つねにユーザー目線に立つことが、これからのビジネスの成功のカギです。
「ITの民主化」というコンセプトは、「すべてのものがつながり、その先に人がいる」という時代にぴったりと当てはまるものでした。
創業者のマーク・ベニオフは、「ビジネスが社会の変化を起こす最大のプラットフォームになる」と言っています。
売上・利益・雇用……企業としては、当然これらを重視しなければなりません。が、それだけでは足りない。社会に対して正しくあるということに軸足を置いているか、社会に貢献する姿勢と行動が企業の風土・文化として根づいているか、それが今後の企業に問われることになるでしょう。

若い世代へのメッセージ

若い人は、明確な目標を設定すべきです。しかも、なるべく大きな目標を。
目標達成のコツは、「足し算」で考えないことです。すなわち、「今日これをやり、明日これをやれば、1か月でこれだけ積み重なるはずだ。これを続ければ1年後にはこうなっている……」というような考え方です。
そうではなく、「引き算」で考えることです。
たとえば「55歳で上場企業の社長になる」という目標を掲げたとしましょう。では、「50歳の時に、どうなっていなければならないのか」と考えます。そして、「そのためには、40歳代で何をしておく必要があるのか」と考えます。
目標を確実に達成するためには、引き算で目標を管理する能力を持つことが重要です。
「大きな目標を持て」という理由は、目標が小さすぎると見失ってしまう可能性があるからです。
たとえば、新幹線で東京から新大阪に向かっているとしましょう。通過する小さな駅を目標にしていたら、あっという間に過ぎてしまって見逃すかもしれない。スピード時代には起こりうることです。
一方、富士山を目標にしていれば、どんなスピードで走っていても見逃すことはありません。
つねに確認できて決して見失わない目標を持っておくことが大事です。
ただし、目標は絶対的なものではありません。環境の変化によって変わる可能性のあるものです。
日本には優秀な人材がいっぱいいます。しかしながら、彼らがなかなか頭角を現すことができません。
「変化を起こす力」があるのに、それを発揮する場がないことは、悲しむべき状況です。彼らが思う存分チャレンジできるようなビジネスインフラを整えることが必要です。
私はビジネス人生の集大成として、日本発のイノベーションを起こすためのお手伝いをしていくつもりです。

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